成公 (晋)

成公(せいこう、? - 紀元前600年)は、中国春秋時代の晋の君主(在位:紀元前607年 - 紀元前600年)。は姫、黒臀。文公の子の一人で、襄公の末弟にあたる。

成公

母が彼を産む頃に、神が自分の子の臀部に墨で「晋国をたもたしめ、三にして驩の孫にあたえん」と書く夢を見たので、彼は黒臀と名づけられた。

驪姫の乱以降の太子以外の公子は国外に出すという習慣に従い、公子黒臀もに在住していたが、甥の霊公が趙穿(中国語版)に殺されたことから、宰相の趙盾に呼び戻され、即位して成公となった。即位した成公はの嫡子を任官させて公族とし、その同母弟を余子とし、庶子を公行とした。これによって晋には公族、余子、公行という三族がうまれ、卿たちの力が強まるきっかけになった。それとともに、正卿の趙盾は職を辞して三行となった。新しい正卿には成公から信頼されていた郤缺がついた。

晋の第27代君主(前607年-前600年)

成師(桓叔)の曲沃就封で、晋は翼の宗家と曲沃の分家に分裂

翼宗家
曲沃分家

曲沃の武公が翼の晋侯緡を滅ぼし、晋が再統一される

  • 武公前678-前677
  • 献公前676-前651
  • 奚斉前651
  • 卓子前651
  • 恵公前650-前637
  • 懐公前637-前636
  • 文公前636-前628
  • 襄公前627-前621
  • 霊公前620-前607
  • 成公前606-前600
  • 景公前599-前581
  • 厲公前580-前573
  • 悼公前572-前558
  • 平公前557-前532
  • 昭公前531-前526
  • 頃公前525-前512
  • 定公前511-前475
  • 出公前474-前457
  • 哀公前456-前438
  • 幽公前437-前420
  • 烈公前419-前393
  • 孝公前392-前378
  • 静公前377-前376
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