ネロンモデル

代数幾何学において、デデキント整域 R商体 K 上定義された アーベル多様体 AKネロンモデル (Néron model)、あるいはネロン極小モデル (Néron minimal model)、極小モデル (minimal model) とは、AK の Spec(K) から Spec(R) への「押し出し」であり、いいかえれば、AK に対応する R 上定義された「最良の」群スキーム(英語版)である。

アンドレ・ネロン(英語版)剰余体完全であるようなデデキント整域の商体上定義されたアーベル多様体に対しネロンモデルを構成し[1][2]ミシェル・レイノー(英語版)はこの構成をすべてのデデキント整域上の準アーベル多様体 (semiabelian variety) に対して拡張した[3]

定義

Rデデキント整域KR商体とし、AKK 上の滑らか分離的(英語版)なスキーム(例えばアーベル多様体)とする。 このとき、AKネロンモデルとは、生成点におけるファイバーが AK であるような R 上の滑らかで分離的なスキーム AR であって、次の普遍性をみたすもののことである[4]

R 上の任意の滑らかで分離的なスキーム X に対し、XK から AK への任意の K 上の射が X から AR への R 上の射に一意的に拡張される。

特に、標準的な写像 AR(R) → AK(K) は同型射である。 上の普遍性より、ネロンモデルが存在すれば、それは一意な同型を除き一意的に定まる[5]

層のことばを用いれば、ネロンモデルは次のように特徴づけることができる。 Spec(K) 上のスキーム A により表現される関手は、Spec(K) 上の滑らかなスキームのなす圏に平滑位相(英語版) (smooth topology) を備えた景上の層を定める。 この層の Spec(K) から Spec(R) への単射による順像は Spec(R) 上の層を定める。 この層があるスキームにより表現可能であれば、そのスキームが A のネロンモデルとなる。

一般に、スキーム AK がネロンモデルをもつとは限らない。 アーベル多様体 AK に対してはネロンモデルは存在して、R 上の準射影的[6]可換群スキームとなる[7]。 ネロンモデルの Spec(R) の閉点におけるファイバーは滑らかな可換代数群であるが、アーベル多様体であるとは限らない。 たとえば、不連結であったり、トーラスであったりする場合もある。 ネロンモデルは、アーベル多様体以外の特定の可換群に対しても存在するが、それらは局所有限型にしかならない。 ネロンモデルは加法群 Ga に対しては存在しない。

性質

  • ネロンモデルをとる操作は、積と交換する[8]
  • ネロンモデルをとる操作は、エタール射による底変換(英語版) (base change) と交換する[9]
  • アーベルスキーム AR は、その生成点におけるファイバーのネロンモデルである[10]

楕円曲線のネロンモデル

K 上の楕円曲線 AK のネロンモデルは、次のように構成できる。 まず、代数曲面(もしくは数論的曲面(英語版))の意味での R 上の極小モデルを構成する。 これは R 上の正則かつ固有な曲面だが、一般には R滑らかでも、R 上の群スキーム(英語版)でもない。 その極小モデルの R 上滑らかな点のなす部分スキームAK のネロンモデルとなる。 これは R 上の滑らかな群スキームであるが、R 上固有であるとは限らない。 一般に、そのファイバーはいくつかの既約成分をもつことがあり、ネロンモデルを構成するためには、すべての重複する既約成分、2 つの既約成分が交わるすべての点、既約成分のすべての特異点を捨て去る必要がある。

テイトのアルゴリズム(英語版) (Tate's algorithm) により、楕円曲線のネロンモデルの特異ファイバー、より正確には、ネロンモデルを含む極小曲面のファイバーを計算できる。

出典

  1. ^ Néron 1961.
  2. ^ Néron 1964.
  3. ^ Raynaud 1966.
  4. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 12, Definition 1.
  5. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 13, Proposition 2 (a).
  6. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 153, Theorem 1.
  7. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 19, Theorem 3.
  8. ^ Artin 1986, p. 214.
  9. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 13, Proposition 2 (c).
  10. ^ Bosch, Lütkebohmert & Raynaud 1990, p. 15, Proposition 8.

参考文献

  • Artin, Michael (1986), “Néron models”, in Cornell, G.; Silverman, Joseph H., Arithmetic geometry (Storrs, Conn., 1984), Berlin, New York: Springer-Verlag, pp. 213–230, MR861977 
  • Bosch, Siegfried; Lütkebohmert, Werner; Raynaud, Michel (1990), Néron models, Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete (3), 21, Berlin, New York: Springer-Verlag, ISBN 978-3-540-50587-7, MR1045822 
  • I.V. Dolgachev (2001), “Néron model”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Néron_model 
  • Néron, André (1961), Modèles p-minimaux des variétés abéliennes., Séminaire Bourbaki, 7, MR1611194, Zbl 0132.41402, http://www.numdam.org/item?id=SB_1961-1962__7__65_0 
  • Néron, André (1964), “Modèles minimaux des variétes abèliennes sur les corps locaux et globaux”, Publications Mathématiques de l'IHÉS 21: 5–128, doi:10.1007/BF02684271, MR0179172, http://www.numdam.org/item?id=PMIHES_1964__21__5_0 
  • Raynaud, Michel (1966), “Modèles de Néron”, C. R. Acad. Sci. Paris Sér. A-B 262: A345–A347, MR0194421 
  • W. Stein, What are Néron models? (2003)